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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)2558号 判決

原告

マロニー株式会社

被告

株式会社池利商店

主文

1  被告は原告に対し、金3250万円及びこれに対する昭和54年12月2日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを2分し、その1を原告の負担、その余を被告の負担とする。

4  この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告が金1000万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  被告は原告に対し、金1億0500万円及びこれに対する昭和54年12月2日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

(3)  (1)につき仮執行宣言。

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2原告の請求原因

1  原告は、次の特許権(以下これを本件特許権といい、その発明を本件発明という)の特許権者であった。

(1)  発明の名称 澱粉麺の製造法

出願 昭和38年2月25日(特願昭38―9490)

公告 昭和39年12月1日(特公昭39―27465)

登録 昭和40年6月26日(第449343号)

特許請求の範囲

1 澱粉、米粉又はそれらに少量の小麦粉その他穀粉を混じたもの1(重量)部と水0.7~1.5(重量)部とを混合して濃厚乳液とし、これを金属等の板上へ薄層状に展開させたまま外部からの水分供給を絶つた状態で加熱し糊化澱粉シートを形成した後、剥離細断及び乾燥することを特徴とする澱粉麺の製造法。

(2)  本件特許権は、昭和54年12月1日期間満了により消滅した。

2  本件発明の構成要件と作用効果及びその特徴は、次のとおりである。

(1)  構成要件

1 澱粉、米粉又はそれらに少量の小麦粉その他の穀粉を混じたもの1(重量)部と水0.7ないし1.5(重量)部とを混合して濃厚乳液とし、

2 これを金属等の板上へ薄層状に展開させ、

3 そのまま外部からの水分供給を絶つた状態で加熱し糊化澱粉シートを形成し、

4 その後剥離細断及び乾燥する、

5 ことを特徴とする澱粉麺の製造法。

(2)  作用効果

本件発明は、前記構成要件からなることにより、次のごとき作用効果を奏するものである。

1 本件発明の場合、濃厚乳液は糊化の段階で水分が供給されることなく加熱されるから、その中の水分が糊化の過程において放出される傾向にあり、糊化澱粉シートが完成される頃には、その表面に糊質を生じえないから粘着性を有せず、麺帯自体が極めて強靱化される。したがつて、これを機械的に剥離し細断する工程は極めて容易に機械化しうるし、このようにして得られた澱粉麺は、通常の方法により乾燥されて容易に製品化されうる。

2 また、本件発明の方法では、澱粉麺製造に対し不可欠とされる本質的工程のみを最も効率よく連続して行う結果、その所要時間は2、3時間程度ですみ、従来技術に比し所要時間が著しく短縮される。

(3)  特徴

ところで、本件発明を従来技術と対比してみると、その特徴は、右の構成要件から明らかなように、従来行われていた成型工程と糊化工程の順序を逆転し、成型前の一部糊化と成型後の完全糊化の二段階に分けて行われていた給水操作(前者の段階で行われていた第1次給水と後者の段階で行われていた第2次給水)を成型前に一挙に(1回だけの給水で)行うようにしたことにある。これを具体的に述べると、次のとおりである。

1 従来、澱粉麺(例えば春雨)を製造する場合には、一般に、(イ)澱粉に対し重量比約3分の1程度の水と予め糊化した澱粉液少量を加えた捏和物をつくり、(ロ)これを底に小孔のあるシリンダー(例えばとんぴよう)から細糸状に押出して麺線化し、(ハ)直ちに沸騰水中で加熱糊化凝固せしめた後、水洗、凍結、解凍及び乾燥等の工程を経て製品化する方法がとられてきた。

2 すなわち、澱粉麺の製造工程はこれを概括的にいうと、成型工程と糊化工程の2工程からなるものであるが、従来技術は、(1)まず、澱粉と予め糊化した澱粉液に、成型に適した生地をつくるために必要な給水(第1次給水)を行なつて捏和物をつくり(1(イ)の一部糊化工程)、(2)その流動性(ダイラタントー流動)、可塑性等の成型特性を利用して成型し(1(ロ)の成型工程)、(3)しかる後、これに完全糊化に必要な給水(第2次給水)をしつつ加熱して糊化を完成するもの(1(ハ)の完全糊化工程)である。

3 右のとおり、従来技術は、まず、澱粉に水を加えて(第1次給水をして)成型に適した特性を有する捏和物をつくりその成型特性を利用して成型するのであるが、右特性をうるために加えられるべき水の量は、澱粉3重量部に対し水1重量部位の割合によるものである。ところが、これに対し、澱粉を完全に糊化させるに必要な水の量は、これよりはるかに多く澱粉と水との重量比で1対1前後(もう少し詳しくいえば、重量比で澱粉1に対し水0.7ないし1.5の範囲)のものである。したがつて、従来技術による限り、糊化工程の段階において糊化に必要な水を外部から供給すること(第2次給水)が絶対に必要であつた。けだし、この給水がなされない以上、成型された捏和物は、いかに加熱しても糊化に必要とされる水を保有していないから、糊化することが不可能だからである。そこで、従来技術では、麺線化等成型工程の後に、茹でる、蒸す等の給水と加熱を同時に行う糊化手段をとつたのであり、この第2次給水は、成型工程において捏和物の成型特性を利用する限り避けられないものであつた(糊化に必要とされる水を全量加えた加水澱粉は、液体又はこれに近い状態になつて液体流動特性を示し、もはや従来技術による成型に耐える成型特性を有しえない)。

4 このように、従来技術には、給水作業を成型工程と糊化工程の2段に分けて行わざるをえないという工程上の不経済があつたほか、糊化工程での第2次給水の際の沸騰水による過剰給水のため、麺線の膨潤、軟化、切断、溶出による品質の悪化と収率の劣化、作業の困難化という避け難い非能率性を伴い、また、麺線表面の糊質除去、凍結、解凍工程という大規模、非能率的工程を不可欠とし、到底、工業的機械的大量生産に適しないという欠陥があつた。そして、これら従来技術の欠陥が、成型手段として捏和物の成型特性を利用するために生ずるものであることは、右にみたとおりである。

5 そこで、本件発明では、これに着目して、成型手段として加水澱粉の成型特性を利用することを全く放棄し、糊化完了後に成型を行うこととした。すなわち、本件発明においては、従来技術の工程を全く逆転させ、まず糊化工程を行いその後に成型工程を施行する。しかして、この糊化工程における給水は、ダイラタントー流動、可塑性等成型特性に関する配慮を全くせずに、糊化に必要にして充分なる量(すなわち澱粉1重量部に対し水0.7ないし1.5重量部)を一挙に加えることによつて行われる。このようにしてつくられた加水澱粉は、液体流動特性を示し完全糊化に必要な水量を既に含有しているから、従来技術のごとく糊化工程において第2次給水をする必要がなく、したがつてこれに伴う従来技術の諸欠陥を伴わずに糊化される。以上によつて明らかなごとく、本件発明は、加水澱粉の成型特性を利用して成型することを放棄したことにより、成型工程と糊化工程の順序を逆転して従来技術の避けえない宿命であつた2段階の給水を避け、当初の唯1回のみの給水だけですませることを可能にし、2段の給水に伴う諸々の技術的欠陥を克服したものである。

すなわち、本件発明は、澱粉麺製造という産業上の技術分野において、当時何人にもなしえなかつた発想の転換によつて、初めて機械化に成功した技術であつて典型的なパイオニア発明であり、その技術思想の骨子は、第2次給水の不要化による従来技術の欠陥の除去と、加水澱粉の液体流動特性を利用することによる機械化の可能性取得の点にある(右の液体流動特性を示す程度の給水がなされた澱粉は、とりもなおさず、糊化に必要かつ充分な水分を含有するものであり、第2次給水を要することなく糊化されるものである)。

3 被告は、昭和51年1月以降昭和54年12月1日本件特許権が期間満了により消滅するまでの間、業として別紙被告方法目録(イ)記載の方法(以下イ号方法という)により澱粉麺を製造販売していた。

4 イ号方法の構成と作用効果は、次のとおりである。

(1)  構成

1' 麟粉1(重量)部と水0.7ないし1.5(重量)部とを混合して濃厚乳液をつくり、

2' これをステンレス鋼板上へ薄層状に展開させ、

3' そのまま、蒸気熱をもつて加熱して糊化澱粉シートを形成し、

4' その後、これを剥離、細断及び乾燥する。

5' ことを特徴とする澱粉麺の製造法。

(2)  作用効果

右構成を有することにより、本件発明と同一の作用効果を奏している。

5 イ号方法は、本件発明の権利範囲に属する。

すなわち、イ号方法が澱粉麺の製造法であることはいうまでもなく、その構成1'ないし5'がそれぞれ相対応する本件発明の構成要件1ないし5を充足することは明らかである。なお、3'の構成において蒸気が用いられているが、これは専ら経済的見地から選択された加熱手段にすぎず、これによって糊化のために必要な第2次給水を行なつているのではない。

そして、イ号方法が本件発明と同一の作用効果を奏するものであることは前記のとおりである。

6 したがつて、被告が前記期間中業としてイ号方法を用いて澱粉麺を製造し販売していたのは、原告の本件特許権を侵害する行為であつたというべきである。

7 しかして、被告は、故意又は過失によつて右侵害行為をなしたものであり(特許法103条)、原告はこれにより被告が受けた利益と同額と推定される損害を蒙つた(同法102条1項)。

そして、被告が前記販売期間中にイ号方法によつて製造販売した澱粉麺の年間売上高は各年平均7500万円、合計3億円を下らず、その利益率は35パーセントであるから、被告が得た利益は1億0500万円を下らず、原告はこれと同額の損害を蒙つた。

8 よつて、原告は被告に対し、右損害金1億0500万円及び右不法行為以後の日で本件特許権消滅の日の翌日である昭和54年12月2日以降完済に至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第3被告の答弁

1  請求原因1(1)、(2)の事実は認める。

2  同2(1)ないし(3)のうち、従来技術として同(3)1記載の技術の存したことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

3  同3のうち、被告が昭和51年1月以降澱粉麺を製造販売していることは認めるが、それが原告主張の方法によるものであることは否認する。

4  同4ないし6の事実及び主張はいずれも争う。

5  同7のうち、被告が別紙被告方法目録(ロ)、同(ハ)記載の各方法により、昭和52年10月1日から昭和54年12月1日までの間に、年間7500万円相当の澱粉麺を製造販売したこと、その利益率が20パーセントであることは認めるが、その余の事実は否認する。

6  同8の主張は争う。

第4被告の主張

被告は、昭和51年当初より同52年末頃までの間は別紙被告方法目録(ロ)記載の方法(以下ロ号方法という)により、その頃以降は別紙被告方法目録(ハ)記載の方法(以下ハ号方法という)により澱粉麺を製造しているものであるが、右方法は、いずれも本件発明の技術的範囲に属しない(以下右両方法を一括して被告方法という)。

1  被告方法に使用されている澱粉糊乳液は、被告が独自に開発した特許出願中のものであり、その澱粉と水分との比率は澱粉1重量部に対し水分0.692ないし0.696重量部である。

すなわち、従来の澱粉を単に常温の水で練つただけの澱粉麺製造用澱粉糊乳液には、水と澱粉とが分離して澱粉のみが沈澱しやすくまた固まりが早くかつ伸びが悪いため、糊化用の金属板又はロール上へ連続して均一な薄層帯を形成することができないという欠点があり、また、澱粉を完全に糊化させて用いると、粘性が大でロール又はベルト上へ均一な厚さと巾で連続して薄層状に展開することができず、かつ製品に気泡ができ、美観、品質、並びに生産性が劣るという欠点があつた。

そこで、被告は、別紙被告方法目録(ロ)、(ハ)に記載されている澱粉糊乳液を開発し、これを使用することにしたのであるが、これによると、澱粉と水との分離作用がなく適度の粘着性があるため、澱粉糊乳液の糊化用の金属板又はロール上への送り出し装置の必要がなく、澱粉糊乳液の供給槽の下部に設置された調節板の上下調節と回転するロールあるいは移動するベルトの早さで調節でき、ロールあるいはベルト上へ均一な厚さと巾で連続して薄層状に展開させることができる。そして、これと被告が開発した澱粉麺製造装置を使用することにより、良質かつ均一な澱粉麺をロスなく連続的にしかも従前の2ないし3倍の高速度で安価に製造できるのである。

2  しかして、被告方法では、右澱粉糊乳液をステンレス鋼製のエンドレスベルト上へ薄層状に展開した後、糊化室において蒸気加熱により水分を加えながら(原告のいう第2次給水をしながら)糊化し、次いで、右給水のため表面に糊質の生じた糊化澱粉シートを摂氏0.5度位の冷却室を通過させて乾燥老化させた後、エンドレスベルトから分離し、細断するものである。

右のとおり、被告方法における蒸気加熱は、原告のいうように専ら経済的コストの観点から選択された単なる加熱手段ではない。被告方法では、蒸気のもつている蒸発潜熱を凝縮により放出させ、これを加熱手段として利用するのはもちろんであるが、同時に水蒸気の凝縮により吸湿(給水)を行わせて表面まで完全糊化した麺帯をつくるのであり、糊化工程における水分供給の手段として蒸気加熱の方法を採用しているものである。そして、被告方法では、蒸気の凝縮によつて吸湿(給水)を行い表面の乾燥を防いで表面まで完全糊化した糊化澱粉シートをつくるため、右吸湿(給水)に伴い原告のいう表面の粘着性を生ずることが当然予想されるので(ちなみに、澱粉糊乳液を乾燥加熱しただけでは、乳液中の水分が糊化過程において放出されるため、表面の粘着性は存在しないものの、表面澱粉層は糊化されずに白色不透明な糊化澱粉シートができる)、被告は、その粘着性に対応するために、糊化直後に冷却室に入れて冷却老化させ粘度を低下させてから切断、乾燥するという方法を採用しているのである。

右のとおり、被告方法の糊化工程において、原告のいう第2次給水が行われていることは明らかであり、被告方法と従来技術とでは、水中で行うか蒸気の凝縮によつて行うかの区別はあるにせよ、第2次給水を行う点ではなんら変わりはなく、被告方法は、とんぴようを使用する従来の春雨製造方法の域を出るものではない。

3  一方、本件発明が、その澱粉糊乳液を糊化する過程において、一切の水分の供給が不要でありかつ供給されてはならないことを最大の特徴とするものであることは、本件発明の特許公報(甲第2号証)において、本件発明の最も顕著な特徴は、板上シートに対する外部からの水分補給を完全に断つた状態で加熱処理する点に存するとしたうえ(2頁左欄20行目から22行目まで)、その加熱凝固法として、板の裏側から熱媒で加熱するとか、直接熱風を吹付けあるいは赤外線照射を行うとか、加熱室内を連続移動せしめることとかの方法を採用し、加熱蒸気による加熱方法を排斥していること(1頁右欄43行目から45行目まで)、及びかかる工程で形成された糊化澱粉シートは粘着性がないため麺線状に細断することも容易に行いうるとしていること(2頁左欄17行目から18行目まで)からみて明らかである。

したがつて、水蒸気の凝縮によつて吸湿(給水)を生じ、また、糊化澱粉シートの表面に粘着性を生じる被告方法が、本件発明の技術的範囲に属しないことは明白である。

なお、被告方法において成型工程の前に糊化工程が行われることは、本件発明の場合と同じであるが、そのこと自体は、オブラートその他の糊化した澱粉製品の製法としては全く通常のことであり、そのことのゆえに、被告方法が本件発明の技術的範囲に属することになるものでないことはいうまでもない。

第5原告の反論

1  被告が開示した被告方法は、その水量の点において、被告が現実に実施している方法とは解されない。

(1)  被告が実施している方法が、本件発明の方法と同様に、澱粉糊乳液をステンレス鋼製エンドレスベルト上に薄層状に展開して加熱し糊化澱粉シートを形成するものであり、加水澱粉の液体流動特性を利用するものであることは間違いない。

しかるところ、加水澱粉は加水量が重量比0.6を超える附近から液体流動特性を示すが、液体流動特性は水量が右の限界的数量附近である場合より多い場合の方が顕著になることは我々の日常の経験が示すところである。そして、機械化された澱粉麺製造の工程において、その液体流動特性が充分に発揮されるのは、加水量が重量比1前後のときであり、これが最も理想的なものであると考えられている。

また、一般的にいつて多くの技術は、その限界的部分においては中心的部分に比して技術的能率が劣りがちであり、このため経済的コストが割高になる傾向にあることが明らかである。被告方法の場合にあつてもその例外ではなく、右重量比が0.69ないし0.7という限界的場合には、澱粉糊乳液の攪拌、展開等がそれより水量の多いものに比して能率よく行われにくい。被告がその主張のごとく連続的かつ高速度で澱粉麺を製造するのであるとすればこの欠点は決定的であり、わざわざこのように非能率な澱粉糊乳液となるような水量を選択する筈はない。被告は、実際には重量比1前後の加水をした澱粉糊乳液を使用しているものと推断せざるをえない。

このことは、被告が本件訴訟においても、一度は被告方法における水量は、重量比0.7を超えるものであると主張していたことがあること(被告の昭和52年12月23日付準備書面参照)、被告が技術提携している訴外吉川政一の考案にかかる澱粉麺製造機に使用される澱粉糊乳液(これはかつて被告が実施していたものでもある)における水量は重量比1.5になること、及び右吉川政一が本件口頭弁論期日において被告使用の澱粉糊乳液の水量は、重量比1に近く少なくとも0.7を超えるものである旨明言していた事実があること(証人吉川政一の証言参照)等からも裏づけられる。

2  また、本訴の昭和53年3月28日実施の検証時に開示された方法(以下検証時方法という)も、被告が日常現実に実施している方法とは解しえない。

その理由の1は、検証時方法において使用された澱粉糊乳液は、加水量が少ないため常時保温しておかないかぎり液体流動特性を欠如し、被告が日常使用している装置をそのまま使用することができなかつたことである。検証時には、右のごとき澱粉糊乳液を使用した関係上、これをいちいち人手を用いてバケツで調整機に流入していたが、日常の工程においてこのような非能率的なことをしている筈がない。被告装置に澱粉糊乳液を収容すべき原料箱が設けられており、それが日常使用されていたことは、その汚れ具合からも一見して明らかだつたのである。被告が、日頃、右原料箱を使用して製造しうるより流動性の大きい澱粉糊乳液を使用していることは明らかである。

そして、その理由の2は、検証時方法によつて製造された澱粉麺(検甲第2号証)の方が、被告の市販品(検甲第1号証)よりもはるかに色が黒く2倍近い甘薯澱粉を含んでいることである(甲第4号証の1、2、検甲第3号証参照)。このように検証時において通常のものより多量に甘薯澱粉を含む澱粉糊乳液が用いられたのは、日常用いられている馬鈴薯澱粉の割合の多い澱粉糊乳液よりも、少ない水量で液体流動特性を示すからである。被告市販品(甘薯澱粉の含有量は20パーセントと推定される。甲第4号証の1参照)を製造するときの澱粉糊乳液の水量は、検証時のそれよりも多く、重量比0.7以上と推認される。

3  仮に、被告が、日頃、その開示にかかる被告方法を実施して澱粉麺を製造販売していたとしても、右方法は本件発明の技術的範囲に属するものであるから、被告が原告に対して前記損害金の支払義務を負担することに変わりはない。

(1)  被告は、被告方法で使用される澱粉糊乳液は被告独自の方法で調整されるものであることを理由に、右澱粉糊乳液は本件発明にいう濃厚乳液に当らないといいたいようであるが、理由がない。

被告方法における澱粉糊乳液や使用装置が被告独自のものであり、なんらかの工業所有権の対象になりうるものであるとしても、そのことは、なんら被告方法が本件発明の技術的範囲に属することを否定する理由になるものではない。被告方法が本件発明の構成要件を全て具備するかぎり、本件発明の技術的範囲に属することはいうまでもない。

1 ところで、本件発明にいう澱粉等の濃厚乳液とは、澱粉等1重量部と水0.7ないし1.5重量部とを混合した濃厚乳液のことである。

(1) しかして、乳液とは、液体の中に他物質の粒子が分散して存在し乳状をなすものをいうのであるから、右の澱粉等の濃厚乳液とは、澱粉等の濃度は高いがなお水中にその粒子が分散して存在している状態のものを意味し、右のごとき性状を有するものは、その製造方法いかんを問わず本件発明にいう濃厚乳液である。それが、澱粉麺の原料として使用されるものであつて、右のごとき性状を有するものであるかぎり、その製造過程のいかんを問わず、全て右にいう濃厚乳液に該当する。

(2)  そして、右にいう「澱粉等1重量部と水0.7ないし1.5重量部とを混合した」とは、右の濃厚乳液が「液体流動特性を示し糊化工程における第2次給水なしに糊化しうるだけの水分を含有している」ということであり、これを数値をもつて表現したものである。このことは、元来、加水澱粉は、その加水量が重量比0.3ないし0.6程度でダイラタントー流動を示し、0.6を超える附近から液体流動特性を示すものであるところ、本件発明が従来技術の用いていたダイラタントー流動の利用を放棄し、これに替えて液体流動特性を利用することにより、糊化工程における第2次給水を不要ならしたことを特徴とするものであることからみて、容易に理解されるところである。

しかして、右の数値限定が小数点2桁以下の違いに有意性を認めうるような精密なものでないことは、澱粉という組成のばらつきが大きく、外界の環境によつて含水量に変化を生じやすい天然物質を対象としている本件発明の性質上、当然であり自明のことである。右数値限定の意味は、0.6を超える数値以上という程度の意に解されるべきである。

2 しかるところ、被告方法で使用されている澱粉糊乳液が、右にいう濃厚乳液に該当することは、被告が開示した被告方法の内容自体から明らかである(右の澱粉糊乳液がそれ自体として既に第2次給水なしに糊化するに充分な水量を含有していることは、被告開示の数値及びそれが液体流動特性を示すものであること自体から明らかであるし、本件における鑑定人宮川金二郎の鑑定結果においても、被告方法に使用される澱粉糊乳液にポリエチレンシートを密着させて給水を防止して加熱した場合にも完全に内部まで糊化したということにより、事実として証明されている)。もつとも、被告方法の澱粉糊乳液は、その開示したところに従えば、極めて繁雑な手数を経てつくられるものであるかのごとき印象を与え、澱粉と水のほかに糊液を加えているが、要は、澱粉糊乳液の生成にあたり澱粉と水との捏和物に糊液を添加するという原理の適用にすぎず、この糊液添加とは、本件発明の明細書の詳細な説明欄で「必要に応じ他成分例えば各種の天然又は合成高分子物質や有機乃至無機の金属塩類等を添加することもできる」というときの(本件発明の特許公報である甲第2号証1頁右欄39、40行目)、天然の高分子物質の添加そのものに外ならない。

よつて、被告方法で使用される澱粉糊乳液は、本件発明にいう濃厚乳液に該当する。

(2)  被告は、被告方法は水蒸気の凝縮によつて吸湿(給水)を生じ、澱粉シートの表面に粘着性を生ずるものであるから、本件発明の技術的範囲に属しないというが、当らない。

1 本件発明でいう「外部からの水分供給を絶つた状態で加熱し」とは、「糊化のために必要な水分を外部から供給しない状態で加熱する」こと、すなわち従来技術において行われていた糊化のための第2次給水をしないで加熱するという意味である。このことは、前記本件発明の特徴に照らし明らかである。なお、右「外部からの水分供給を断つた状態で」という文言は、当初の明細書にはなく補正手続により加えられたものであるが、それは、本件発明の出願審査の過程で発せられた拒絶理由通知(乙第1号証参照)に引用の技術、特許第159485号「乾燥麺類ノ製造方法」(乙第2号証)との相違点、すなわち右技術が前記のごとき意味での第2次給水をなすものであるのに対し、本件発明はかかる給水を一切しないものであることを強調し、明確にするために加えられたものにすぎず、それ以上の意味はない。

2 しかるところ、被告は、被告方法において加熱蒸気を用いることによつてあたかも第2次給水を行なつているかのようにいい、そのゆえに本件発明と異なるというが、事実に反する主張である。

(1) まず、被告方法においては、もともと原料として全く第2次給水を必要としない澱粉糊乳液を使用しているのであるから、その糊化工程において諸々の技術的欠陥の発生原因となる第2次給水をあえて行う必要のないことは前記のとおりであり、かつ被告方法における蒸気加熱によつて第2次給水をすることは技術的に不可能である。

すなわち、被告方法において使用されている澱粉麺製造装置の実用新案登録願添付の明細書(乙第7号証)によると、同装置のステンレス鋼製エンドレスベルトの走行速度は毎分3ないし4メートルであり、右エンドレスベルトが通過する蒸気浴室の長さは1メートル程度であるから、エンドレスベルトは10ないし20秒の間に蒸気浴室を通過することになり、同ベルト上に薄層状に展開された澱粉糊乳液も10数秒間のうちに加熱蒸気の中を通過することになる。つまり、被告方法においては、澱粉糊乳液はステンレス鋼製エンドレスベルト上に薄層状に展開されていること、加熱は右薄層状に展開された澱粉糊乳液の全表面からなされ、その上(表)面は蒸気に接するが、下(裏)面はステンレス鋼製のエンドレスベルトに接するだけで蒸気に接しないこと、右澱粉糊乳液が蒸気中を通過する時間は10数秒であり、この時間内に糊化が完了するものであるものであることが明らかであり、これが事を論ずるときの前提とされねばならない。そうだとすると、被告方法においては、右薄層状に展開した澱粉糊乳液は、蒸気浴室に入ると同時にその全表面を加熱されて糊化(ゲル化)を開始し、10数秒間でその内部に至るまで糊化を完了することになるが、そのわずかな時間中に、しかも限られた表面から糊化に必要な第2次給水をすることは全く不可能である。なぜならば、澱粉―水系を加熱すると水が移動し、水分はまず澱粉ミゼル(微細結晶構造)の崩壊に、次いで澱粉ゲルの形成に消費されて、この澱粉ゲル(すなわち糊化された澱粉)中への水の移動は極めて遅い速度によつてしか達成されないからである。すなわち、加水澱粉の糊化は加熱された部分から開始されるから、被告方法の場合には、薄層状に展開された澱粉糊乳液の内部よりも表面部分が先に糊化し、一旦、糊化してしまつた部分からその内部への水分浸透は極めて困難であり、事実上不可能だということである。

(2) 現に、前記実用新案登録願添付の明細書(乙第7号証)でも、その装置において蒸気を用いることが加熱のための有効な手段であることは随所に強調されているが(例えば、その10、11頁参照)、それが給水手段である旨の記載が皆無であることも右の事情を如実に物語るものであり、右技術的常識からすれば当然のことである。蒸気を安価な加熱手段として用いることは、古くから慣用された技術的常識に属することであり、第2次給水を全く必要とせず、またそれが不可能な被告方法における蒸気の使用が単なる加熱手段にすぎないことは明白である。

(3)  被告は、水蒸気の凝縮により吸湿(給水)を行わせるといい、あたかも凝縮に伴い当然吸湿(給水)が行われるかのごとくいうが、凝縮と吸湿(給水)は原理的にはなんら関係のない現象である。水蒸気が凝縮するというのは、水蒸気が、例えば薄層状の澱粉糊乳液のごとき低温物に触れて自己が保有していた熱を右低温物に与えつつ、自からは熱を失つて水に還るというだけのことであつて、凝縮があつたからといつて、当然に吸湿(給水)が生ずるものではない。

ただ、被告方法においても、エンドレスベルト上に薄層状に展開された澱粉糊乳液が糊化室を通過する際、同室内の蒸気がこれに触れて凝縮して水に還ることがあり、したがつて、右薄層状の澱粉糊乳液及びこれが加熱されて生ずる糊化澱粉シートの表面が蒸気又は時には水滴に触れることがあるのは事実であろう。そして、被告は、この場合に右乳液又は糊化澱粉シートが右蒸気中の水分や水滴によつて吸湿(給水)されると主張するのであろうが、右主張は誤りである。

まず、第1に、被告方法の場合に、薄層状の澱粉糊乳液の表面部分から先に糊化すること、及びこの糊化層を通して蒸気中又は偶然附着した水滴のごとき僅かな水分を中に給水するということが事実上不可能なことは前記のとおりである。そして、このことは被告の方で依頼して行なつた実験の報告書簡(乙第21号証の2)によつても裏づけられている。すなわち、右報告書簡によれば、従来のとんぴよう式春雨製造方法においても「糊化の際の吸水は、糊化の特性から表面からのみで行われ、糊化層を通しての吸水は極めて緩やかとなる。だから糊化麺線の中心部の糊化には初めからの残存している加水量水分で殆んどが糊化するものであ」(同号証5枚目17、18行目参照)るというのである。換言すれば、一旦糊化してしまつた層からその中への給水は、表面積が極めて大きく、かつ多量の熱湯の中で茹でるようにして糊化せしめる従来技術の春雨製造の場合でさえ極めて緩やかに生ずるにすぎないというのであるから、被告方法におけるごとくこれに比して表面積も格段に小さく、かつ給水の対象たるべき水分も比較にならないほど少量の場合に、先に糊化してしまう表面側を通して糊化澱粉シートの内側にこの水分を給水させるなどということは事実上生じえないと解さねばならないのである。

更に、第2に、加水澱粉は、その水量が全体を糊化するために不足である場合には、まず加熱された部分に水が移動し、この部分において優先的に糊化に必要な水分が使用されて糊化してしまい、糊化の遅れた部分は、水の補給を受けようとする傾向を生ずるものであるが、被告方法において使用される澱粉糊乳液は、当初から、それ自体の中に糊化のために必要かつ充分な水量を含有しているのであるから、その糊化に際して外部から水分の補給を受ける必要はなく、これを受けようとする傾向すら全く生じない。したがつて、現実の補給もありえない。

右によつて明らかなとおり、被告方法においては、麺帯製造にあたり加熱蒸気や偶然附着した水滴からその内部に給水することは不可能でもあり、また、その必要も傾向も生じない。すなわち、被告方法により、薄層状に展開された澱粉糊乳液を使用してこれを糊化し、もつて糊化澱粉シートを生成する場合、加熱のみが必要であり、加熱はなされるが給水は全く必要がなく、またなされもしないのである。

3 以上のごとくみてくると、被告の主張は、要するに、薄層状に展開した澱粉糊乳液を乾燥加熱する場合には、その表面上の水分が蒸発し、この部分が乾燥して結局水分不足を招来し糊化が不可能になるから、この水分蒸発、乾燥の防止手段として蒸気加熱が有効であることをいうにすぎないと解される。

しかし、右のごとく、乾燥下に開放状態で時間の制限もなく加熱糊化せしめる場合には、その表面が乾燥して表面部分の水分不足を招来することがありうるというようなことは、加水澱粉中の水量がいかに多くとも、状況によつては常に生じうることであつて、これは、本件において論じている給水の要否の問題とは全く別個の問題である。表面の乾燥を防止するためには、例えばその表面をポリエチレンシートで密着する等適宜の方法でその表面からの水分蒸発を防止すれば足りる。仮に、被告の用いる加熱蒸気がこの乾燥防止の役割を果しているとしても、それは、右ポリエチレンシート密着に代替しうる手段であるというにすぎず、給水の要否という本件で論ずべき問題とはかかわりがないことである。要するに、本件で論じている給水の要否、有無とは澱粉糊乳液中に糊化のために必要にして充分な水量が含有されておらずこれが不足である場合に、糊化のために必要不可欠な第2次給水がなされているか否かということであつて、これと技術的に異る意義を有する給水(例えば乾燥防止のための給水)は右論点について全く関係のないことである。

4 被告は、オブラート製造技術について言及しているが、右技術が製薬の分野の技術であるのに対し、本件発明は食品産業の分野に属するものであつて、両技術はその目的、解決すべき課題、解決原理のいずれをとつても全く異るものである。両者は澱粉を原料として使用するという点で共通する以外は、全く無関係な別個の技術である。

第6証拠

1  原告

(1)  甲第1ないし第3号証、第4号証の1、2、第5号証

(2)  検甲第1号証(被告製造にかかる春雨)、第2号証(本件検証調書の「現場における当事者の指示説明、被告」欄記載の方法により製造した製品)、第3号証の1ないし7(甲第4号証の1、2の分析試験対象品)

(3)  証人宮川金二郎、同田村央

(4)  検証、鑑定(鑑定人宮川金二郎)

(5)  乙第5ないし第9号証、第17号証の成立は不知。その余の乙号各証の成立は認める。

3  被告

(1)  乙第1ないし第10号証、第11号証の1ないし4(第12号証は欠番)、第13ないし第20号証、第21号証の1ないし3

(2)  証人宮川金二郎、同吉川政一

(3)  甲号各証の成立は認める。検甲第1号証が被告製造の春雨であることは認めるが、その余の検甲号証が原告主張の物品であることは不知。

理由

1  請求原因1(1)、(2)の事実(本件特許権の存在とその消滅に関する事実)については、当事者間に争いがない。

2  そして、右争いのない特許請求の範囲(以下クレームという)の記載と成立に争いのない甲第2号証(本件特許公報)によれば、請求原因2(1)、(2)の事実(本件発明の構成要件が原告主張のごとく分説されうるものであること、及び本件発明がその主張のごとき作用効果を奏するものであること)を肯認できるとともに、その(3)の本件発明の特徴に関する事実も、概略原告主張のとおり認めることができるのであつて、従来技術がまず部分的に糊化した澱粉に水を加えて(第1次給水をして)捏和物をつくりその可塑性を利用して成型(麺線化)し、これに糊化のために必要な給水をしつつ(第2次給水をしつつ)加熱して糊化を完成するものであるのに対し(同公報1頁左欄21行目から29行目、32行目から40行目まで参照)、本件発明は、まず、当初の澱粉に水を加える段階で糊化完成までに必要な量の水を加えた濃厚乳液をつくり、その流動性(液体流動特性)を利用してこれを金属等の板上に薄層状に展開させたまま、糊化のために必要な給水をしないで(第2次給水をしないで)糊化を完成するものであり、糊化操作の観点からみた本件発明の特徴は、当初の澱粉に水を加える段階で糊化完成までに必要な量の水を一挙に加えてしまい、糊化工程の段階では糊化のために必要な給水すなわち第2次給水は一切行わない点にあると認められ、これが本件発明の技術思想の骨子をなすものであると考えられる。

3  そこで、右2の事実を参酌しつつ、前掲甲第2号証に照らし、本件発明の前記各構成要件中、その技術的意味、内容について留意すべき点をみておくと、次のとおりである。

(1)  構成要件1「澱粉、米粉又はそれらに少量の…穀粉を混じたもの1(重量)部と水0.7ないし1.5(重量)部とを混合して濃厚乳液とし」の意義について

1 右の「澱粉、米粉又は、それらに少量の…穀粉を混じたもの」とは、澱粉や米粉を単独に用いても、これらを混合して用いてもよく、これらに米粉以外の穀粉をゲル化並びに風味に差支えない程度の少量を混用してもよいとの意味である(本件特許公報1頁右欄25行目から30行目まで参照)。また、右にいう「澱粉」等は、当業界において普通一般に使用される澱粉等のことであり、特に完全無水のものというような特殊なものに限定していると解すべき理由はない。

2 右に「澱粉、米粉又はそれらに…穀粉を混じたもの(以下単に澱粉と略す)と水…を混合して濃厚乳液とし」というときの「乳液」とは、水の中に澱粉の粒子が分散した状態にあるものを意味すると解される。

すなわち、一般に、液体中に固体の微細粒子が分散したものを懸濁液と称しているところ、澱粉粒子は本来水に不溶のものであり、澱粉と水との混合液においては澱粉粒子が水の中に分散しているのであるから、本件発明で、澱粉と水を混合して乳液とし、というときの乳液とは、右の懸濁液のことであると解される。このことは、本件発明の明細書に「馬鈴薯澱粉に水…を加え…攪拌して均一に分散した濃厚澱粉乳となし」と記載されていること(同公報2頁右欄18、19行目)からみても明らかである。

3 右に「澱粉と水…を混合して濃厚乳液とし」というのは、澱粉と水とからなる濃厚乳液というのと実質的に同義であり、右にいう乳液の中には、澱粉と常温の水を使用してつくられた乳液のみならず、常温の水のほか澱粉と熱湯でつくられる澱粉糊(糊液)を使用した乳液も含むものと解される。

まず、本件発明でいう乳液が水の中に澱粉の固体粒子を分散せしめたものをいうと解されることは前記のとおりであるところ、混合とは2以上の不均質な成分の集合体に適当な操作を加えて均質化すること(化学大辞典(3)747頁)であるから、澱粉と水を混合して乳液とするといつても、それ自体としては、格別、乳液の製造操作を特定したことにはならず、これを「澱粉と水とからなる濃厚乳液」というように組成的に表現してもその実質に変わりはないと解される。

また、成立につき争いのない乙第21号証の2と証人吉川政一、同田村央の各証言によれば、澱粉麺の製造原料である澱粉乳液のなかには、(イ)澱粉と常温の水だけでつくられるものと、(ロ)澱粉と常温の水のほか、熱湯と澱粉でつくられる澱粉糊(糊液)を使用してつくられるものがあり、右の澱粉糊(糊液)を使用したものの方が乳液中の澱粉粒子の分散状態が安定し工業的生産により適したものであると認められる。

しかるところ、本件発明にいう乳液を(イ)の澱粉と常温の水だけでつくられたものに限ると解すべき技術的理由は認められず、澱粉粒子を水中に分散させた乳液をつくつても、これをそのまま放置すれば、澱粉粒子は速やかに沈澱してしまうものであるから、澱粉粒子の分散状態を維持し、乳液としての性状を保有させるために、攪拌、糊剤の添加等なんらかの手段を加える必要のあることは、当業者にとつて自明のことであると解される。そして、本件発明の明細書に「なおこの澱粉乳には必要に応じ他成分例えば各種の天然又は合成高分子物質や有機乃至無機の金属塩類等を添加することもできる。」旨記載されているのも(同公報1頁右欄38行目から40行目まで)、このことを意味すると解されるところ、右田村証人の証言によれば、澱粉に熱湯を加えてつくられる澱粉糊(糊液)は右明細書にいう天然高分子物質に該当すると認められるから、常温の水のほか澱粉糊(糊液)を用いてつくられる乳液も、本件発明にいう乳液に含まれると解される。

4 右の「澱粉」1(重量)部と水0.7ないし1.5(重量)部とを混合して濃厚乳液とし」というときの右数値は、乳液が本件発明の方法に使用されるに適する流動性を保つために、かつ糊化工程における給水なしに糊化されるために含有すべき水量を、重量比をもつて近似的に示したものと解される。

すなわち、本件発明の明細書に「澱粉1(重量)部に加える水量を0.7(重量)部より少なくする時は澱粉乳の流動性が低すぎて均質肉厚のシート製造が困難であり、逆に1.5(重量)部より多くする時は澱粉乳濃度が低すぎ製品シートの強靱性等が低下する欠点があるため該水量は0.7~1.5(重量)部が適当である。」(同公報1頁右欄34行目から38行目まで)、また、「本発明に於ては澱粉乳中の水分含量が澱粉の半透明乃至透明糊化及びゲル化に必要な最少量に抑えられている…」(同公報2頁左欄14、15行目)と記載されていることと、前記本件発明の特徴に照らすと、乳液が本件発明の方法に使用されるに適する流動性を示すとともに、糊化工程において改めて給水しなくとも糊化されうるものであるために含有すべき水量を、重量比をもつて示したのが右数値にほかならないと認められる。また、これによれば右数値の下限値は、乳液が均質肉厚なシートを形成するに適した流動性を示すと同時に糊化工程における給水なしに糊化されうるものであるために必要な最少限の水量を示すものであつて、いわば乳液の性状の点からみた限界値であるのに対し、上限値は乳液が右のごとき性状を有することを前提とし含水量がこれ以上になるとシートの形成作業上ないし製品シートの品質上問題を生ずるといういわば生産管理の観点を加味した限界値であることが理解される。

右上、下両限界値の性質の違いに鑑みれば、上、下両限界値に前記のごとき開きがでてくるのも当然のことであり(ちなみに、右乳液が前記のごとき性状を示し始めるところという観点だけからみたときの限界値がそれ程幅のあるものでないことは、前掲吉川証人の証言により成立を認むべき乙第17号証と右証言により認められる、同人が行つた実験では0.675以上であれば右のごとき性状を示すことが確認されていることや、前掲乙第21号証の2では0.65以上であれば、右のごとき性状を示すとされていることからも充分窺える)、その意味で、原告が右数値限定の意味は0.6を超える数値以上という程度の意に解されるべきであると主張するのも、理由のないことではないと解される。

しかして、右数値が近似的なものであることは、本件発明が澱粉という吸水性や含水量にばらつきの多い素材を対象とするものであり(澱粉の種類、保存状態、天候等の環境の差によつても含水量は異なる)、かつ当業界における材料の取扱い方ももともと大まかなものであると認められること(前掲吉川、同田村両証人及び証人宮川金二郎の各証言参照)からみて、容易に理解されるところであり、前記数値に臨界的意義を認めることはできない。前記水量に関する数値0.7ないし1.5を数学上の0.7ないし1.50の意味に解するのは妥当でなく、およそ0.7ないし1.5の範囲の意味と理解するのが相当である。

5 なお、右乳液は、「濃厚」乳液であるとされているが、本件発明の明細書には、右にいう「濃厚」とは何を意味するのかこれを明確にした記載はなく、これに関するものとしては、澱粉と水の混合比が示されているだけである。したがつて、本件発明では右の比を持つ乳液を「濃厚」乳液と称していると解するほかはなく、「濃厚」ということ自体にこれとは別の特別の技術的意味があるとは認め難い。

(2)  構成要件3「そのまま外部からの水分供給を絶つた状態で加熱し糊化澱粉シートを形成し」の意義について

右にいう「外部からの水分供給を絶つた状態で加熱し」とは、原告のいうように「糊化のために必要な水分を外部から供給しないで(第2次給水をしないで)加熱し」の意であると解される。

すなわち、右クレームの「外部からの水分供給を絶つた状態で加熱し」という文言だけをみると、そこでいう水分供給とは物理的な意味でのあらゆる水分の供給を意味し、これを排除したものであるようにみえるが、前掲甲第2号証と成立につき争いのない乙第1、第2号証によると、右文言が原告主張の拒絶理由通知(乙第1号証参照)で引用された引用技術(乙第2号証、それは麺帯を湯中で煮熱又は蒸熱して糊化するものであり、その糊化手段はまさに従来技術のものである)と本件発明の相違点を強調するために加えられたものであることが明らかであり、右事実に照らすと、右文言の技術的意義は従来技術との対比においてこれを理解するのが正当と解される。しかるところ、本件発明と従来技術の対比において、加熱との関係で問題になる水分供給の有無といえば糊化のために必要な水分のことにほかならないことは、前記本件発明の特徴からみて明白であるから、右にいう「水分の供給」とは糊化のために必要な水分の供給ということであり、これを「絶つた状態で」とは、糊化のために必要な水分の供給をしないでとの意味であると解さなければならない。右クレームの文言が、右趣旨のことを表現するものとして的確なものであるかどうかは疑問であり、いささか誇大な表現になつているとの感を免れないが、本件発明の技術思想に照らすと、右のごとく解するのが相当である。けだし、クレームの文言は、その記載の文字のみに拘泥することなく、発明の目的等を参酌して実質的に解すべきものであると考えられるからである(最高裁昭和39年8月4日判決民集18巻7号1319頁参照)。

そして、本件発明の明細書中には右クレームの文言のほかにも、一見、加熱に際しての給(吸)水を全て排除していると解しうる文言が散見されるが、そのうち、詳細な説明欄の「無給水下に」加熱して(本件特許公報1頁右欄14行目)、「外部からの水分供給を絶つた状態で」加熱し(同22行目)、「(無給水)」の熱作用により(同31行目)、というときの「」内の文言は、いずれも前記クレームの文言と同様、従来技術との相違を強調する趣旨で加入されたものであると認められるから(前掲甲第2号証、乙第1、第2号証)、その意義も右クレームの文言と同趣旨のやのとして理解するのが相当である。

また、その他、本件発明の明細書には、(イ)「(本件発明の)最も顕著な特徴は、板上シートに対する外部からの水分補給を完全に断つた状態で加熱処理する点に存し」(同公報2頁左欄21、22行目)とか、(ロ)「例えば本発明の方法を採用する時は…糊化が空気浴中で水分浸透を遮断した状態で行われるため…」(同25行目から30行目まで)、あるいは(ハ)「加熱凝固法としては板の裏側から熱媒で加熱するとか、直接熱風を吹付け或は赤外線照射を行うとか、加熱室内を連続移動せしめる」(同公報1頁右欄43行目から45行目まで)、更には(ニ)「形成される澱粉シートが…粘着性がないため麺線状に細断することも容易に行い得られ、…」(同公報2頁左欄16行目から18行目まで)等被告が指摘するような記載もみられ、これらの記載だけをみれば、被告のいうように、本件発明は一切の水分供給を不可とし蒸気による加熱は予定していないと解する余地も存するようにみえる。しかし、右(イ)の記載は、その直前の「本発明が従来法と異る」との記載に続くものであり、かつ、その直後に「これによつて糊化に必要な水の補給や水による糊化を従来法の如く成型前後の2回に分け行う等の煩雑さがなくなり」と記載されていること(同公報2頁左欄20、21行目、同22行目から25行目まで)からみれば、右(イ)の記載が、従来法すなわち沸騰水又は蒸煮用スチームで糊化操作を行う場合(同公報1頁左欄44、45行目参照)との比較において、糊化に必要な水分の補給の要否を述べたものであつて、これと無関係な給水に触れたものでないことが明らかであり、また、右の記載に続く(ロ)の記載も右従来法と対比して述べられたものであると解されること、及び前記(ハ)の記載の後に「適宜の手段が採用される。」と記載されていて、そこに掲記された加熱手段は適宜採用されうる手段のなかの例示にすぎないと認められることからすれば、前記被告指摘のような各記載があるからといつて、直ちに被告主張のようには解しえないし、前記本件発明の技術思想からみても、そのように解すべき理由は認め難い。

4 そこで、進んで、被告による澱粉麺の製造の有無ないしその製造方法について検討するが、被告が昭和51年1月以降澱粉麺を製造販売していることについては当事者間に争いがない。

原告は、右製造はイ号方法によるものである旨主張するが、原告の主張するイ号方法の記載は多分に抽象化されたものであり、被告が実際に実施している方法を具体的にそのまま記載したものでないことは明らかである。

一方、被告は、昭和51年当初より同52年末頃まではロ号方法により、その頃以降はハ号方法により澱粉麺を製造している旨主張するところ、これが事実に反するものであることを窺わせる資料はなく、弁論の全趣旨に照らすと、他に特段の立証のない本件においては、これを採用するのが相当である(ただし、右両法の構成3'において水分を供給しながらとある部分は除く)。

しかるところ、ロ号方法とハ号方法は、澱粉糊乳液を製造する過程に違いがあるが、その他の構成は、構成3'の糊化時間に約10秒の違いがあるほかは同一である。

また、前掲吉川証人の証言と検証の結果及び鑑定人宮川金二郎の鑑定結果によれば、被告は、昭和53年3月28日の検証期日に実施された検証時方法と同一の方法により、現に澱粉麺を製造しているものであり、被告のいうハ号方法とは検証時方法のことにほかならないと認められる。

そこで、以下、便宜、被告が昭和52年末頃以降現に実施しているハ号方法すなわち検証時方法が、本件発明の技術的範囲に属するか否かについて検討することとし、まず、その具体的内容を確認しておくに、右吉川証人の証言と検証の結果及び前掲鑑定の結果によれば、次のとおりと認められる。

1' (イ) 馬鈴薯澱粉1キログラムと常温水2キログラムの混合液に20キログラムの熱湯を加えて澱粉糊をつくる。

(ロ) 右澱粉糊に常温水20キログラムを加えて右澱粉糊を薄め薄糊液をつくる、

(ハ) 右薄糊液約37キログラムに馬鈴薯澱粉35キログラムと甘薯澱粉25キログラムを加え、更に右薄糊液6キログラムを徐々に加えて攪拌して澱粉乳液をつくる、

2' 右澱粉糊乳液を走行するステンレス鋼製のエンドレスベルト上に薄層状に展開する、

3' 右エンドレスベルトを摂氏約100度の加熱水蒸気の充満する糊化室へ導いて約3分間で通過させるが、その間にエンドレスベルト上に薄層状に展開した澱粉糊乳液を加熱し、糊化せしめて糊化澱粉シートを形成する、

4' 次に、右エンドレスベルトを冷却室へ導き、右糊化澱粉シートを冷却、乾燥させたうえ剥離、細断、乾燥する、

5' 以上の工程からなる澱粉麺の製造法である。

5 そこで、検証時方法(ハ号方法)が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて検討する。

(1)  初めに、両者の構成を対比検討する。

1 まず、本件発明の構成要件1と検証時方法1(イ)ないし(ハ)の構成を対比してみるに、構成要件1にいう「濃厚乳液」とは、当業界において通常一般に使用される澱粉1重量部と約0.7ないし1.5重量部の水を混合して水の中に澱粉の粒子を分散せしめた状態のものをいい、その製造過程において使用される水が常温の水に限られないこと、右の0.7ないし1.5重量部の水を混合しというときの数値が近似的なものであり、実質的には乳液が金属等の板上に薄層状に展開されるに適する流動性を示し、糊化工程における給水なしに糊化されるために必要な水量を含有しているということを示すものであること、及び右乳液製造過程において、澱粉粒子の分散状態を維持するための技術的手段として澱粉糊を使用することは、本件発明の予定するところであり、これを使用して製造された乳液が本件発明にいう乳液に該当することは前記のとおりである(なお、「濃厚」ということ自体に右混合比以外の特別な技術的意義を認め難いことも前記のとおり)。

しかるところ、検証時方法で使用された澱粉が一般に市販されている通常のものであることは前掲吉川証人の証言により明らかであり、これを使用してつくられた澱粉糊乳液は、結局のところ、61キログラムの澱粉(馬鈴薯粉36キログラムと甘薯澱粉25キログラム)と42キログラムの水(常温水22キログラムと熱湯20キログラム)を混合したものにほかならず、その澱粉に対する水の重量比が1対0.6885となることは、鑑定人宮川金二郎の鑑定結果(同人作成の鑑定書3頁参照)により明らかである(なお、右鑑定の結果によると、計量誤差を考慮したときの右重量比は、1対0.705ないし0.672の範囲となり、更に使用澱粉それ自体に含まれていた水分を考慮し補正すると、1対0.713ないし0.680となるものと認められる。同鑑定書1頁参照)。そして、構成要件1にいう0.7ないし1.5という数値限定が約0.7ないし1.5という程度の近似的なものにすぎないことは前記のとおりであり、検証時方法の右0.6885なる数値は、充分右構成要件にいう約0.7の数値に該当するものと解することができる。また、これを実質的にみても、検証時方法の澱粉糊乳液がステンレス鋼製エンドレスベルト上に薄層状に展開しうる流動性を示していることは検証の結果から明らかであり、また、右澱粉糊乳液がそれ自体として糊化工程において給水しなくとも糊化しうるだけの水分を含有していることは、証人宮川金二郎の証言及び前掲鑑定結果によつて認められる次の事実、すなわち、右澱粉糊乳液をステンレス鋼製容器(30センチメートル×50センチメートル×1.8センチメートル)に入れてその表面をポリエチレンシートで覆い、右シートと乳液の表面の間にできるだけ空気層をつくらないようにシートを乳液面に密着させて、糊化工程において右乳液への外部からの給水を防止すると同時に右乳液の水分が外部へ放散することもない状態にして加熱した場合に右乳液が糊化したこと(前掲鑑定書6頁記載(D)、(E)の場合)から肯認できる。

そして、前掲乙第21号証の2、証人吉川、同田村両名の各証言によれば、右澱粉糊乳液の製造過程で使用される糊液が、澱粉粒子の分散状態を維持、安定させ、乳液により少ない水分で流動性を与えるものであり、本件発明において使用を予定されている天然高分子物質に該当するものであることは明らかである。

以上のとおりとすると、検証時方法において使用される澱粉糊乳液は、本件発明にいう濃厚乳液に該当し、1'(イ)ないし(ハ)の構成は、構成要件1を充足するというべきである。

2 2'の構成が構成要件2を充足することは明らかである。

3 そこで、進んで、3'の構成が構成要件3を充足するか否かについて検討する。

((1) 構成要件3にいう「外部からの水分供給を絶つた状態で加熱し」とは、「糊化のために必要な水分を外部から供給しないで加熱し」との意に解すべきことは前記のとおりである。)

(2)  ところで、検証時方法の3'の構成は、前記のとおりエンドレスベルト上に薄層状に展開した澱粉糊乳液を加熱蒸気の充満する糊化室へ導き、(糊化室内で加熱蒸気によつて澱粉糊乳液を加熱、糊化せしめるもの)であるところ、被告は、検証時方法では加熱蒸気によつて加熱を行うと同時に、加熱蒸気の凝縮によつて糊化に必要な吸湿(給水)を行う旨主張するのに対し、原告は、検証時方法における加熱蒸気は単なる加熱手段にすぎず被告の主張するところによつてもそれは澱粉糊乳液中の水分散逸、乾燥防止の手段として有効であることを意味するにすぎない旨主張するので、以下、検証時方法において加熱蒸気を採用したことの技術的意義について検討する。

(3)  しかるところ、前掲田村証人の証言によれば、食品工業の分野においては、加熱蒸気は周知、慣用の加熱手段であることが明らかであり、検証時方法における加熱蒸気の採用が、周知、慣用の加熱手段の実施であることには疑いがない。

(4)  しかし、被告が加熱蒸気の凝縮によつて吸湿(給水)を行う旨主張する点は、にわかに首肯できない。すなわち、

(イ)  まず、被告が凝縮があれば、当然、吸湿(給水)が行われるかのようにいうこと自体に疑問がある。なぜなら、凝縮は加熱蒸気を加熱手段として利用することに伴う必然的な結果にほかならず、凝縮と吸湿(給水)が原理的に別個の現象であつて凝縮があつたからといつて当然に吸湿(給水)が生ずるものでないことは原告主張のとおりだからである。

(ロ)  また、その点は別にしても、検証時方法で使用される澱粉糊乳液がそれ自体の中に既に糊化に必要な水分を含有していることは前記のとおりであるから、検証時方法においては、加熱の過程で澱粉糊乳液中の水分の散逸により水分の不足を生じなければ、あえて糊化のための水分を外部から供給する必要のないことは明らかである。つまり、検証時方法では、加熱の過程で澱粉糊乳液中の水分の散逸による不足を生じないようにすることは必要であるが、そのためには、右水分の散逸を防止、抑制できればこと足りるのであつて、あえて糊化のための水分を供給する必要はない筈である。それにも拘らず、糊化のために必要な水分を加熱蒸気の凝縮によつて補給するというのは、加熱の過程において澱粉糊乳液中の水分が散逸して糊化のために必要な水分が不足してくることないしは不足するおそれがあることを前提として、これに対処するものであると考えられるが、一般に加熱蒸気の充満する糊化室内で加熱を行う場合、開放された空気浴中で加熱する場合に比して、澱粉糊乳液中の水分が散逸しにくいことはみやすい道理であるところ、検証の結果によれば、検証時方法で使用される糊化室の両端は密閉されてはいないが糊化作業中、糊化室内には絶えず加熱蒸気が供給され加熱蒸気が充満する状態に維持されているものと認められ、そこでは、澱粉糊乳液中の水分散逸防止、抑制の雰囲気が形成されているであろうことは容易に推認されるところであるから、その中で行われる加熱過程において、なお澱粉糊乳液中の水分が糊化に悪影響を与える程に散逸するものかどうか疑問である(もし、検証時方法の加熱蒸気による加熱において、なお右の水分散逸による糊化のための水分不足が予想されるというのであれば、あらかじめ、澱粉糊乳液中にこれを見込んだうえで、予想される散逸があつても糊化に必要な量に不足をきたさないだけの水分を含有させておくことも可能な筈であり、また、そうしないで不足する水分を加熱蒸気の凝縮によつて補給することに特別の技術的理由があるというのであれば、その理由が開示されてしかるべきであるが、本件においてはいまだその理由は開示されていない。なお、前掲鑑定の結果によると、澱粉糊乳液面上に空隙をつくつてポリエチレンシート又はステンレス製の蓋で給水を防止した場合には、糊化しないとの結果が得られているが―前記鑑定書6頁記載の(B)、(C)、(D)の注記、(F)の場合―、右は乳液面上の空気層のため熱伝導が悪く糊化のための充分な熱が与えられなかつたためと考えられるから―同鑑定書2頁参照―、右結果は加熱中に澱粉糊乳液中の水分が散逸し水分が不足したことを証するものとはいえず、検証時方法の加熱過程で澱粉糊乳液中の水分が散逸しそれ自身に含有する水分では糊化しえなくなることを窺わせる資料は存しない)。

(ハ)  また、検証時方法では、薄層状に展開された澱粉糊乳液のうち、まず、直接加熱蒸気に接する表面から糊化しはじめるものと推認され、もし、右乳液中に含有された水分の量が全体として糊化するに不足している場合には、まず加熱された部分に水が移動し、糊化の遅れた部分に外部からの水分の補給を受けようとするものと考えられるが(前掲乙第21号証の2、田村証人の証言参照)、糊化層からの給(吸)水は極めて緩やかなものであるから(右証拠参照)、検証時方法において、右のごとく澱粉糊乳液に含有された水分の量が不足した場合に、糊化のために必要な水分が表面の糊化層を通じて内部へたやすく補給されるとは認め難い。

(ニ)  以上のほか、前掲吉川証人の証言により成立を認める乙第7号証と有証言によれば、基本的に検証時方法の装置が依拠するものと認められる訴外吉川政一考案の澱粉麺製造装置の実用新案登録願添付の明細書(乙第7号証)において、加熱蒸気が有効な加熱手段であることはいろいろ説明されているが、それが給水手段であることについてはなんら触れられていないことや、被告方で依頼して行なつた実験の報告書簡(前掲乙第21号証の2)においても、被告の方法は蒸気の凝縮によつて表面の乾燥を防ぎ表面まで完全糊化した麺帯をつくるのが目的とされているだけで、これにより水分を補給することを目的とするとは説明されていないことなどの事情を参酌すると、検証時方法における加熱蒸気が被告のいうような糊化のために必要な水分の供給を目的として採用されたものであるとは認め難い。

(5)  むしろ、以上の認定、判断を総合考慮すると、検証時方法における(加熱蒸気)は、前記のとおり(慣用の加熱手段の実施であるが、それは加熱と同時に加熱蒸気によつて澱粉糊乳液中の水分が散逸するのを防止、抑制する目的で採用された加熱手段であり、水分の供給を目的とするものではないと)推認するのが相当である。

(6)  もつとも、検証の結果及び前掲鑑定の結果によれば、検証時方法では、澱粉糊乳液を蒸気加熱により加熱し糊化せしめると、加熱前と比べて加熱後の方が重量を増すものと認められ(前掲鑑定書5頁記載の(A)1ないし8の場晶参照。これによると、増加重量は、展開澱粉糊乳液表面積1500平方センチメートル当り、平均0.034キログラムである)、右事実と前記(E)の場合、1500平方センチメートルのポリエチレンシート上に右(A)1ないし8の場合の平均増加重量とほぼ等しい0.03キログラムの凝縮水があつたとされていること(同鑑定書2頁)を参酌すると、右増量は加熱蒸気が凝縮した際の水分に由来するものと推認され、その意味で水分の増加があつたこと自体は否定しえず、一見、加熱、糊化の過程で給水が行われたかのようにみえないではない。

しかしながら、右事実は直ちに検証時方法において糊化に必要な水分が外部から供給されたことを意味するものではない。けだし、右凝縮水の全部ないし一部が澱粉糊乳液中に吸収されてその含有水分を増加せしめたのか、あるいは単に糊化澱粉シートの表面に附着したような状態で存在していたのかも明らかでないうえ、前記のようにもともと検証時方法で使用される澱粉糊乳液中には糊化に必要な水分は含まれていたのであり、それが加熱過程において散逸し不足を生ずるのかどうかそれ自体疑問なのであるから、右のごとく加熱前よりも水分量が増えたということは、本来糊化のためには必ずしも必要でない水分が加えられただけのことであるとみることも可能だからである。

(7)  以上のことを技術思想の点からみると、次のようにいうことができる。

(イ)  本件発明は、予め澱粉麺の製造(糊化完成まで)に必要な水分を把握し、これを乳液製造の段階で一挙に加えてその範囲内の水分によつて糊化を完成せしめようとするものであり、これがその技術思想の骨子である。そこでは、糊化工程における糊化のための給水は不要なものと考えられている。もちろん、このことは、本件発明がその実施にあたり濃厚乳液中から水分が散逸するのに対しなんらの手段を講じないものであることを意味しない。本件発明がその加熱手段を限定していないことは前記のとおりであるが、その実施にあたり濃厚乳液中の水分が糊化に悪影響を与える程に散逸する場合、これに対して、なんらかの手段を採るべきことは当然予定されているものと解される(なお、本件発明において、濃厚乳液中に含まれる水量に関し上限値と下限値の間に相当幅のある数値限定がなされていることは前記のとおりであるが、だからといつて、右数値が全ての加熱条件に対応しうる水分を規定したものであり、加熱過程においてなんら水分散逸防止のための手段を講じないことを意味すると解することはできない。例えば、赤外線照射というような特定の加熱手段を考えた場合でも、その加熱温度、加熱時間その他諸条件の変化によつて含有すべき水分の量も大きく変化する筈であり、もともと全ての加熱条件に対応しうる水量を定めるということ自体事実上不可能なことであると考えられるからである)。

(ロ)  他方、従来技術にあつては、糊化に必要な水分を予め把握してその範囲内で糊化を完成しようとの意識は認められず、澱粉麺製造の原料となる捏和物には、成型のために必要な水分を含ませることはできるが、糊化完成のために必要な水分を含有させることはできないということが前提になつている。そこで、加熱、糊化の過程において加熱と同時に糊化に必要な水分を供給しつつ糊化を完成しようというのが、従来技術であり、そこでは、右水分の供給は糊化完成のために必要不可欠なものと考えられている。そして、右加熱と給水を同時に行うために不可欠の手段として一般に採用されていたのが、沸騰水中での加熱ないし蒸煮用スチームによる蒸煮であつた。

(ハ)  しかるところ、検証時方法は、乳液製造の段階で澱粉糊乳液中に糊化完成までに必要な水分を一挙に加え、以後、糊化のために新たに水分を供給しなくとも既に含有されている水分の散逸を防止、抑制して水分が不足しないようにすれば糊化を完成することができるとの考えのもとに、右水分の散逸を防止、抑制した雰囲気の中で既存の含有水分によつて糊化を完成せしめようとするものであるということができるから、(その技術思想は基本的に本件発明のそれと同一であり、糊化工程における給水を不可欠なものと考えている従来技術の技術思想とは根本的にその発想を異にするものであるということができる)。

そして、本件発明がその実施にあたつて水分散逸防止の手段を講ずることを予定していると解されることは前記のとおりであるから、検証時方法が加熱蒸気によつて澱粉糊乳液中の水分の散逸を防止していてもなんら右技術思想の同一性を左右するものではない(この点については、前掲田村証人が本件発明の実施にあたつて蒸気加熱を採用している例がある旨証言している点参照)。また、検証時方法において、加熱の過程で水分の増加があることは事実としても、それが当然に糊化のために必要な水分の供給があつたことを意味しないことは前記のとおりであり、右水分の増加は、加熱手段として凝縮水の発生が予想される加熱蒸気を使用しながら、その凝縮水が澱粉糊乳液ないし糊化澱粉シートに附着ないし浸透するのを防止する手段を講じていないため、あるいはこれを水分散逸防止、抑制の手段として利用したために、結果的に生じただけのものにすぎないとみることができるから、右水分増加の事実があるからといつて、検証時方法の技術思想が本件発明の技術思想と異なるといわねばならないものではない。

(8)  以上のとおりとすると、検証時方法の3'の構成は、加熱過程において糊化のために必要な水分を外部から供給するものではなく、本件発明と同一の技術思想に基づくものであるということができるから、3'の構成は構成要件3を充足するというべきである。

4 4'の構成も、構成要件4を充足するということができる。

すなわち、前記本件発明の技術思想に照らすと、構成要件4は、糊化完成後に成型工程を行うことを明らかにしたものであると解される。しかるところ、4'の構成には構成要件4に記載されていない冷却の工程が含まれるが、右は前記のとおり加熱手段として加熱蒸気を使用しながら(本件発明が加熱蒸気の使用を排斥していないことは前記のとおりである)、これにより生ずる凝縮水の附着ないし浸透を防止する手段を講じていないことから必要になる工程であり、糊化完成後に行われる成型工程の一部にすぎないことは明らかである。4'の構成は構成要件4を充足するというのが相当である。

5 5'の構成が構成要件5を充足することはいうまでもない。

(2) 右のとおり、検証時方法は本件発明の構成要件を全て充足するが、それが工程の簡略化、所要時間の短縮等作用効果の点においても本件発明のそれとほぼ同一の効果を奏していることは、検証時方法の工程それ自体から明らかである。

(3) 被告は、被告方法(検証時方法)では吸湿(給水)のため糊化澱粉シートの表面に糊質、粘着性を生じており、被告方法(検証時方法)は従来技術の域を出るものでないというが、検証時方法において起こりうる吸湿(給水)と従来技術における給水が異質なものであることは前記のとおりである。そして、それが異質なものであることは、検証時方法では、糊化澱粉シートの表面に多少粘着性を生じても、従来技術による場合のような膨潤、軟化を生ぜず、工程的にも、冷却室は通すにせよ水洗工程や凍結工程は不要となり、作業時間の短縮という点では本件発明とほぼ同様の効果をあげるものであることからも窺知しうるのである。

被告の右主張は採用できない。

以上のとおりとすると、検証時方法(ハ号方法)は本件発明の技術的範囲に属する。

6 次に、ロ号方法が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて検討する。

(1)  ロ号方法で使用される澱粉糊乳液の澱粉と水の重量比が0.68ないし0.70程度となることは計数上明らかであり、これは、本件発明の構成要件1にいう0.7ないし1.5の範囲に入るものということができ、ロ号方法で使用される右乳液は本件発明の濃厚乳液に該当すると認められる。その理由は検証時方法(ハ号方法)について述べたとおりである。したがつて、1'(イ)ないし(ハ)の構成は、本件発明の構成要件1を充足する。

(2)  そして、その他の点においては、ロ号方法が検証時方法と同一といつてよいものであることは前記のとおりであるから、ロ号方法も検証時方法について述べたのと同様の理由により、本件発明の技術的範囲に属するというのが相当である。

7 そうすると、被告は昭和51年1月以降同54年12月1日本件特許権が消滅するまでの間、業としてロ号方法、ハ号方法による澱粉麺を製造販売することによつて、原告の本件特許権を侵害していたものであるというべきである。

8 そして、被告は、右侵害行為について過失があつたものと推定され(特許法103条)、原告は、被告が右侵害行為によつて利益を得ている場合にはこれと同額の損害を蒙つているものと推定される(同法102条1項)。そして、原告の主張のうち、被告が昭和52年10月1日から昭和54年12月1日まで、年間7500万円に相当するロ号方法、ハ号方法による澱粉麺を製造販売し、右製造販売による利益率を20パーセントとする限度において当事者間に争いがなく、これを超える原告主張の販売高、利益率を認めるに足る証拠はないところ、右争いのない事実によると、被告の販売高は1億6250万円、利益額は3250万円となり、原告は右利益額と同額の損害を蒙つたものと推定される。

9 以上のとおりとすると、原告の本訴請求中、被告に対し、損害金3250万円及びこれに対する不法行為以後の日である昭和54年12月2日から完済に至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるが、その余は理由がないというべきである。

よつて、原告の本訴請求を右の限度で認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法89条、92条を、仮執行の宣言について同法196条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(金田育三 上野茂 若林諒)

〈以下省略〉

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